デザイン思考 実践レシピ

ステークホルダーを巻き込む「真の課題」定義:デザイン思考による合意形成とプロジェクト推進の実践レシピ

Tags: デザイン思考, ステークホルダーマネジメント, 課題定義, 合意形成, ワークショップ

導入:複雑な環境下での「真の課題」定義と合意形成の重要性

プロジェクトが複雑化し、関与するステークホルダーが増加する現代において、UI/UXデザイナーの皆様が直面する課題の一つに「表面的なニーズの羅列に留まらず、本質的な『真の課題』を特定すること」、そして「多様なステークホルダー間の合意を形成し、プロジェクトを円滑に推進すること」が挙げられます。経験豊富なデザイナーであればあるほど、こうした組織的な壁や利害関係の調整の難しさを痛感されていることと存じます。

この記事では、デザイン思考のアプローチを応用し、いかにして複雑なステークホルダー環境の中で「真の課題」を定義し、関係者全員が納得する形でプロジェクトを前進させるかについて、具体的な手法と実践的なヒントを解説します。

「真の課題」とは何か、そしてその重要性

「真の課題」とは、表面的な問題や要求の背後に隠された、根本的なニーズやボトルネックを指します。例えば、「UIを改善してほしい」という要望があったとしても、その背景には「タスク完了に時間がかかり、ユーザーがストレスを感じている」という真の課題や、さらに深く「非効率な業務プロセスがその根本原因である」といった事象が隠れている可能性があります。

真の課題を特定せずに表面的な問題解決に終始すると、一時的な改善は見られても、根本的な問題は解決されず、時間やリソースの無駄につながります。デザイン思考のDefineフェーズにおける「真の課題」の定義は、その後のIdeate、Prototype、Testの各フェーズの品質を決定づける極めて重要なプロセスであり、プロジェクトの成功の鍵を握ると言えます。

ステークホルダー分析とマッピングによる全体像の把握

真の課題を定義するためには、プロジェクトに関わる全てのステークホルダーを深く理解することが不可欠です。まずは、以下のステップでステークホルダーを明確に洗い出し、それぞれの立場や影響力を可視化することから始めます。

  1. ステークホルダーの洗い出し: プロジェクトの成功に直接的・間接的に関わる個人、部署、組織、そしてエンドユーザー、サプライヤー、規制当局など、あらゆる関係者をリストアップします。この際、内部ステークホルダーだけでなく、外部ステークホルダーも漏れなく含めることが重要です。

  2. 影響力-関心度マトリクスの作成: 洗い出したステークホルダーを、プロジェクトに対する「影響力(Power)」と「関心度(Interest)」の二軸でマッピングします。

    • 高影響力・高関心度: プロジェクトの主要な決定権者や推進者です。彼らとの密なコミュニケーションと積極的な巻き込みが不可欠です。
    • 高影響力・低関心度: プロジェクトに大きな影響を与えうるものの、現状では関心が低いステークホルダーです。彼らの関心を引き出し、プロジェクトの重要性を理解してもらうための戦略が必要です。
    • 低影響力・高関心度: プロジェクトの成果に強い関心を持つが、直接的な意思決定権を持たないステークホルダーです。情報提供を密に行い、彼らの意見を傾聴することで、プロジェクトへの支持を確保します。
    • 低影響力・低関心度: プロジェクトへの関与は限定的ですが、潜在的な影響やリスクを考慮し、最低限の情報共有は行います。

    このマッピングを通じて、どのステークホルダーにどのようなアプローチを取るべきか、優先順位を付けて戦略を立てることができます。

共感フェーズの深化:多様な視点からのインサイト獲得

一般的なデザイン思考の共感フェーズではユーザーに焦点を当てますが、ステークホルダーが多いプロジェクトでは、ユーザーだけでなく多様なステークホルダー自身への共感も深める必要があります。

  1. 多角的なインタビューと観察: エンドユーザーへのインタビューと同様に、主要なステークホルダーに対しても深いインタビューや、彼らの業務プロセスを観察するシャドーイングなどを実施します。彼らの目標、課題、成功の定義、組織内での役割、他のステークホルダーとの関係性などを丁寧に聞き出し、表面的な意見だけでなく、その背景にある感情や価値観を理解することを目指します。

    • 実践のヒント: インタビューの際には、オープンエンドな質問を心がけ、「なぜそう考えるのか」「その課題が解決されると、あなたやあなたの部署にとってどのような良いことがあるか」といった深掘りの質問を積極的に行います。
  2. インサイトギャップの特定: 異なるステークホルダー間の視点の違いや認識のギャップは、しばしば「真の課題」を見つけるための重要な手がかりとなります。例えば、営業部門は「もっと機能を追加すべき」と考えているが、サポート部門は「既存機能が複雑で問い合わせが多い」と感じている場合、このギャップこそが根本的な問題を示唆している可能性があります。

    • 実践のヒント: インタビューで得られた情報をペインポイント、ゲインポイント、インサイトとしてまとめ、ステークホルダーごとに可視化します。その後、ステークホルダーマップと照らし合わせながら、共通点と相違点を洗い出し、特に大きな認識のズレがある部分に注目します。

問題定義フェーズの実践:共創による課題フレーミング

多様なインサイトが集まったら、これらを統合し、関係者全員が納得できる「真の課題」を定義するプロセスに進みます。このフェーズでは、共創的なワークショップが非常に有効です。

  1. 「How Might We(HMW)」問いの拡張と構造化: 一般的なHMW問いはユーザー課題から出発しますが、ステークホルダーが多いプロジェクトでは、ステークホルダー自身の課題やインサイトもHMW問いの起点とします。例えば、「どうすれば、営業担当者が顧客に製品の真の価値を伝えられるようになるだろうか?」といった問いです。

    • ワークショップのステップ:
      1. インサイト共有: 収集したインサイト(ユーザー、各種ステークホルダー)を視覚的に共有します。
      2. HMW問いの生成: 各ステークホルダーが自身の視点からHMW問いを生成します。
      3. HMW問いの分類と統合: 類似するHMW問いをグルーピングし、より広範で本質的な問いに統合します。この際、それぞれのHMW問いがどのインサイトに紐づいているかを明確にします。
      4. 問いの優先順位付け: 全員で最も取り組むべきHMW問い、つまり「真の課題」となる問いを議論し、投票や意思決定マトリクスを用いて優先順位を付けます。このプロセスで、各ステークホルダーがなぜその問いが重要と考えるのかを共有し、相互理解を深めます。
  2. インサイトを基にした課題フレーミングの具体例: 単なる「機能を改善する」ではなく、「〇〇という状況にある△△(ユーザー/ステークホルダー)が、✕✕という目的を達成する上で、☆☆という課題に直面しているため、それを解決することで□□という価値が生まれる」といった具体的な課題文を作成します。

    • 例: 「新機能の学習コストが高いという問題に直面している社内営業担当者が、顧客への提案を効率的に行う上で、製品知識の習得に時間を要するという課題があるため、これを解決することで顧客体験が向上し、契約獲得率が向上する」

    このように、インサイトとHMW問いを組み合わせることで、誰もが納得できる具体的な課題定義へと落とし込みます。

合意形成とプロジェクト推進のための戦略

「真の課題」が定義された後も、ステークホルダー間の合意を維持し、プロジェクトを円滑に進めるための継続的な努力が必要です。

  1. ビジョン・ミッションの共有と調整: プロジェクトの根本的な目的と、それが組織やユーザーにもたらす価値を明確にし、すべてのステークホルダー間で共有します。ステークホルダーが自身の目標とプロジェクトのビジョンが合致していると感じることで、主体的な参画を促すことができます。

  2. 共通言語の構築: 部門や職種によって異なる専門用語や概念が存在することがあります。プロジェクト内で共通の用語集を作成したり、デザイン思考のワークショップを通じて共通の思考フレームを導入したりすることで、認識の齟齬を減らし、円滑なコミュニケーションを促進します。

  3. 定期的なコミュニケーションと透明性の確保: 進捗報告、課題、意思決定のプロセスを定期的に共有し、透明性を確保します。特に、意思決定の背景や理由を明確に伝えることで、後からの異論や不信感の発生を防ぎます。

  4. プロトタイピングを通じた具体的な合意形成: 定義された課題に対するアイデアを、具体的なプロトタイプ(ワイヤーフレーム、モックアップ、サービスブループリントなど)として可視化し、早期にステークホルダーからのフィードバックを得ます。抽象的な議論ではなく、具体的な形を見ることで、認識のズレが明確になり、より建設的な議論と合意形成を促進します。

    • 実践のヒント: 各プロトタイプの目的と検証したい仮説を明確にし、ステークホルダーに対してどのようなフィードバックを求めているかを具体的に伝えます。

実践事例:多部門連携プロジェクトにおける課題定義

ある大手企業の社内システム刷新プロジェクトにおいて、UI/UXデザイナーは以下のような課題に直面していました。

結論:デザイン思考による継続的な対話と調整の重要性

複雑な組織における「真の課題」定義と合意形成は、一度行えば終わりというものではありません。プロジェクトの進行に伴い、新たなステークホルダーの登場や、状況の変化によって課題認識が変化する可能性があります。

デザイン思考は、単なる手法論に留まらず、ユーザー(そしてステークホルダー)中心の視点を常に持ち続け、仮説検証を繰り返す「継続的な対話と調整のプロセス」を重視します。この姿勢こそが、経験豊富なUI/UXデザイナーが複雑な組織課題を乗り越え、プロジェクトを成功に導くための強力な武器となるでしょう。

明日から実践できるステップとして、まずはあなたのプロジェクトにおけるステークホルダーを可視化し、彼らの「真のニーズ」に共感することから始めてみてはいかがでしょうか。